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「そう言う人達も守るのが、自衛隊です」

2013.02.22(19:52)

広島の平和集会に
ゲストとして呼ばれた自衛隊員に浴びせられた言葉

市民「自衛隊は無くすべきだと思いますが、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」

市民「自衛隊が有るから軍事的緊張が発生する、憲法違反だから自衛隊は無くすべきだと思います、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」

そこで自衛隊員の返事、俺はこの言葉をこれからもずっと忘れないと思う


自衛隊員「そう言う人達も守るのが、自衛隊です」
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それが自衛隊や

2013.02.07(09:29)

40 ヘラオオバコ(四国) 投稿日:2009/06/16(火) 18:49:20.05 ID:TSDiOufy
ある日曜の午後、街を歩いていると
デカデカと『自衛隊反対』と書かれた横断幕を持った10人ぐらいの集団が演説をしていた。
先頭に立ちマイクで「自衛隊ハンターイ」「自衛隊は即刻、解体しろー」
と叫んでいるのは50代後半と見られる中年の男性だ。

あの男性見覚えがある。確かTV番組で
「敵が攻めて来たら、殺すぐらいなら殺される方がマシだ」などとバカなことを言っていた人だ。
バカだなぁと思いながら演説を聞いていると、
1人の若い男性がつかつかとその演説をしている中年男性の元に歩みよりいきなり拳を
振り上げた。
咄嗟に中年男性は両手を上げ、身を守ろうとした。

すると若い男性は言った、
「それが自衛隊や。あんたを傷つけようと振りかざしたこの右手やなく、
それから身を守ろうとあんたが咄嗟に出したその両手が自衛隊や。」
「あんたは日本からその両手を奪おうとしてるんやで。」

その瞬間まわりで事の一部始終を見ていた人達から拍手が起こり、
何も言い返すことが出来なかった中年男性の声にならない声が
マイクを通して辺りに虚しく響いた。





自衛隊の皆さんはヒーローです

2012.05.02(21:28)

587 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 14:34:31

  一昨年の夏、私は息子(5歳)を連れて家から車で1時間のところにある、
  自然博物館の昆虫展に向かっていました。
  ムシキングの影響で息子はとても楽しみにしていました。
  あと数キロと言う地点で渋滞の最後尾に。
  止まった瞬間、ものすごい衝撃に襲われました。
  後方から来た大型トラックに追突されたのです。
  一瞬何が起こったのか理解できませんでしたが、
  すぐに追突されたと判断できました。
  即座に助手席に居た息子の安否を確認しようしたのですが、
  そこには息子の姿がありませんでした。
  子供の名前を叫ぶと、助手席の足元から「痛い」という声が。
  息子は衝撃でシートから足元にずれ落ち、挟まれていました。
  正直半狂乱になってしまいました。
  あのときの私は完全に冷静さを失っていました。




589 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 14:44:13

  半狂乱の私も足を挟まれて動けない事に気づきました。
  動けない私は叫ぶしかなかったのです。

  追突から時間にして1~2分でしょうか。
  いきなり運転席側の変形したドアを無理やり開けてくれた人たちが居ました。
  緑色のヘルメットに迷彩服の数人の自衛隊員。
  私の足が挟まれているのを知った後、何やらバールのようなもので運転席をこじって、
  後ろにずらし私を出してくれました。
  「息子が助手席の足元に挟まれてます!助けてください!」
  お礼の前にそう叫んでいました。
  すると若い隊員さんは運転席同様、助手席シートを無理やりはずし、
  潜り込むように助手席に入っていきました。
  他の隊員さんと大声で作業指示しながら懸命に救助されていました。
  数分でしたが私にとってはとんでもなく長い時間に感じられました。
  そして息子は挟まっていた車体から外に助けていただきました。




590 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 14:53:28

  と同時に救急車と工作車が到着。
  息子は救急隊の方にゆだねられました。
  私も両足が痛くて立てなかったのですが、
  せめてお礼だけはと思い、その隊員さんのもと這って行きました。

  私「本当にありがとうございました!ありがとうございました!!」
  自「いえいえ、当たり前のことをしただけです。怪我は治ります。
    命が無事でよかったです」

  その隊員さんをよく見てみると、右肩付近が黒く濡れている。

  私「もしかして怪我されているんじゃ?」
  自「え?ああ、潜ったときにチョット何かが刺さったみたいです」
 
  隊員が体をひねって右肩を見せようとしたところ背中はさらにベッチョリと
  濡れていました。普通に考えたら大量出血です。
  それでもその隊員さんは笑いながら「チョット痛いだけです。大丈夫です」と。
  その後私は息子と共に救急車で運ばれていきました。




591 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 15:00:20

  息子は両足の骨折、私は右足の骨折でした。
  治療が終わって息子のベットに行きました。
  「よく泣かなかったね、がんばったね」
  と声を掛けてやると、息子は
  「お兄ちゃんが笑ってたから泣かなかったよ。クワガタの話もしたよ」
  冷静さを失っていた私は聞こえませんでしたが、
  隊員さんと何やらムシキングの話をしていたそうです。
  その為、息子は安心したらしく痛くても我慢できたそうです。
  嬉しくて有難くてそこで初めて涙を流しました。





593 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 15:05:08

  その後、救援に来ていただいた消防署に出向き、
  その隊員さんの所属を教えていただきました。
  駐屯地の場所をネットで探し出しました。
  そのページを見ると「記念行事」なるものが2週間後にあることが判明。
  怪我の治療状況と相談し、記念行事にお邪魔する事にしました。





595 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 15:13:21

  初めて入る駐屯地。
  意外と来客も多くビックリしました。
  どこに行けば良いかも判らず、車椅子に乗せた息子とウロウロしてしまいました。
  そのうち式典や訓練?が始まり、大砲や戦車の音にビックリ。
  なんだか息子も私も楽しんでしまっていました。
  午後になっても結局ウロウロ・・・。
  と、その時1人の隊員さんが声を掛けてきました。
  大怪我をしてまで息子を助けてくれた隊員さんでした。
  ニコニコした笑顔に私は男ながら涙がこぼれてしまいました。
  「あの時は本当にありがとうございました!」
  この一言がどれだけ言いたかったか、息子の回復振りを見てもらいたかったか。
  色々とお話を聞かせていただきました。
  背中の怪我は何かが刺さったのではなく、車体の金属部分で切った事。
  17針縫った事。助けられて自分の子供のように嬉しかった事。
  私にとっても息子にとってもそこに居たのは正にヒーローでした。




597 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 15:20:28

  その後その隊員さんは普段訓練で乗られている緑色のバイクを見せてくれました。
  足が完治していない息子を抱き上げ、一緒にバイクに跨ってくれました。
  そのときの息子の顔はとても嬉しそうで、一緒にバイクに乗っている隊員さんは
  まさにテレビに出てくる戦隊物のヒーローに見えました。
  その時一緒に撮らせていただいた写真は、息子の宝物になっています。
  ムシキングよりも自衛隊のお兄ちゃんの方が大好きみたいです。





599 :専守防衛さん :2006/03/01(水) 15:23:48

  長々と書いてしまってスミマセン。
  もちろん実話です。

  自衛隊に関しては色々な意見があるようですが、
  少なくとも私たち親子にとって自衛隊の皆さんはヒーローです。
  たった1家族の小さな力ですが、私たち家族は自衛隊の皆さんを応援します。





泣けたコピペ

2012.01.26(08:05)

332 名前:名無しさん@七周年 本日のレス 投稿日:2007/01/26(金) 11:25:20 b9bhucne0

  某議員サイトでの自衛隊のあまりの叩かれ方に辟易してここにやってきました。
  外野でボロカスに言われても、こことか見てると、分かる人は分かってるんだなって思ってほっとしました。

  被災したとき、俺はまだ中学生でした。全開した家で、たまたま通りに近い部屋で寝てたので、
  腕の骨折だけで自力脱出できました。
  奥の部屋で寝ていたオカンと妹はだめでした。
  なんとかしようにも、あたりも真っ暗、俺も怪我していて手作業ではどうしようもなく、
  明るくなってからようやく近所の人に手伝ってもらって瓦礫をどけながら、必死で掘り返しました。

  でもどうしようもなかった。

  半日以上たってから、自衛隊の人を見かけて夢中で助けを呼びました。
  数時間以上かけたと思います、自衛隊の皆さんは瓦礫の中から母と妹を救助してくださいました。
  残念ながら母も妹はすでに亡くなっておりました。
  その後、家は家事で焼け落ちました。

  あの時自衛隊の皆さんが来てくださらなかったら、妹の遺骨を焼け跡から拾うことになったのかも知れません。
  ボロボロになった妹の体を引きずり出して、「ごめんなぁ」とつぶやいた自衛隊の方の顔を俺は一生忘れません。
  あの時は、本当にありがとうございました。
  それから、俺の怪我の手当もしていただきました。ありがとうございました。

  政治家が何を言おうと、俺達はあのときの皆さんに感謝しています。
  本当にありがとうございました。








7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/04/16(木) 20:03:48.56 ID:q62b1krG0

    2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
    その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。

  少女「あんたら地元の人間か?」
  団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
  少女「で、何しにきたんや?」
  団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
  少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
  団体「・・・・?」
  少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
     寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
     夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
     私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
     あんたらにわかるか?
     消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
     でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」

  最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
  あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
  団体は撤退。
  彼女は門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。








315 名前:名無しさん@涙目です。(ポタラ宮)[] 投稿日:2012/01/03(火) 18:40:27.89 ID:IwzsKwfj0

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385 名前:名無しさん@涙目です。(生田神社)[sage] 投稿日:2012/01/03(火) 19:13:21.03 ID:ZhnkU4Ol0

  アホのマスゴミが俺達に持ってきたの?って聞いて
  アメさんが一瞬固まって、みんなにだ。って言った時本当に呆れたな








450 名前:名無し三等兵[] 投稿日:04/10/29 23:53:59 ID:MFnFiSxu
吉田茂 (昭和32年2月、防衛大学第1回卒業式にて)
「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、
歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。
きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、
外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、
国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
どうか、耐えてもらいたい」


自衛隊の皆様、イラクでも新潟でも頑張って下さい。
がんがれ!超がんがれ!







自衛隊

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