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乙武さんが語る24時間テレビへの思いがクッソ正論な件

2012.08.28(08:38)

1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/27(月) 17:39:53.47 ID:6b8bPe9D0


1.今年も24時間テレビが終わった。放送前、「24時間テレビを放送するのと、パラリンピックを24時間
放送するのと、どちらが障害者理解が進むのか」とつぶやいて、みなさんから多くの反響をいただいた。
だが、まだ僕自身の考えを述べていない。僕は、「どちらも一方では進まない」と考えている。

2.もう十年以上前の話だ。「24時間テレビでメインパーソナリティーを務めてほしい」という話があった。
今年で言えば、嵐のポジションだ。「ビジネス」として考えれば、それはオイシイ話だったのかもしれない。
だが、断ってしまった。あの番組では、障害者の扱いが一面的であるように感じたからだ。

3.もちろん、意義はあると思っている。募金による寄付額には無視できないものがあるし、
何より「知ってもらう」ことのきっかけにもなる。だが、それでも、「かわいそうな人たちが、こんなに頑張っている」
と障害者を扱ってしまうことに違和感を覚えたし、その番組の“顔”となることに抵抗があった。

4.僕が子どもの頃は、番組もいまより「貧困」に焦点を当てていたように思う。当時は僕も貯金箱の中身
を持って、コンビニまで募金しに行った。だが、いつからかずいぶん番組のテイストが変わってきた。
そこに登場する障害者は、あきらかに憐憫の情で見られている気がした。僕は、番組を見なくなった。

2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/27(月) 17:40:13.63 ID:6b8bPe9D0
5.だが、パラリンピックを放送すれば障害者理解が進むとも思えない。彼らは、日々の研鑽を積み、
大舞台で活躍する権利を得たアスリート。一般的な障害者像を体現しているわけでは、けっしてない。
だから、「障害者ってこんなにすごいんだ!」という感想は、全体像を見誤らせる危険性をはらんでいる。

6.「健常者とはこういう人」とひとくくりにできないように、障害者だって様々な人がいる。
いまだ苦しみのなかにいる人もいれば、障害を受け入れ、克服し、まわりに勇気を与えるような生き方を
している人もいる。どちらが「いい」「悪い」という話ではない。どちらも「いる」という“現実”が大事。

7.僕に対して、「あなたのように恵まれている障害者ばかりではない」「おまえは特別だ」との批判もある。
そのとおり。僕だって、あくまで“ほんの一例”だ。だから、僕の生き方、考え方が障害者を代表しているとは
思ってほしくないし、ましてや「乙武さんは…」と他の障害者に押し付けてほしくない。

8.これまで「乙武さんは24時間テレビが嫌い」という言説が流布しているけが、「嫌い」という感情とも違う。
ただ、障害者に対する扱いがあまりに一面的だとは思う。だから、何とか異なる手法でプレゼンできないかと、
ずっと考えてきた。それが、『五体不満足』出版にもつながった。いわば、原動力

3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/27(月) 17:40:34.66 ID:6b8bPe9D0
9.みなさんがこれまで抱いてきたであろう障害者に対する固定概念を、何とか打ち破ってやろう、違うスパイスを
加えてやろう、そんな思いで出版した『五体不満足』。あまりに多くの人が読んでくださったおかげで、今度は
「乙武のような障害者ばかりじゃない!」と批判される“逆転現象”に困惑もした。

10.とかく、人はレッテルを張りたがる。日本人はこういう人、女性とはこういう性格、障害者とはこういう存在
――それが無意味なことは、わかっているくせに。障害者だって、同情されたくない人もいれば、同情されたい人もいる。
泣きたい人もいれば、泣きたくない人もいる。本当に、いろいろいる。

11.24時間テレビを見た方には、ぜひパラリンピックも観てほしい。NHKの『バリバラ』という番組も観てほしい。
そうして、いろいろと知ってほしい。感じてほしい。考えてほしい。もちろん、そこでの感じ方、受け取り方は、
各自の自由。ずいぶん長くなってしまったので、このへんで。長文失礼。完
http://togetter.com/li/362560


100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/27(月) 17:56:28.75 ID:bf9JZHp10
同じ幼稚園の同級生に、重い障害を持った子がいた。
その両親は幼稚園卒園後、普通学校にするか特別養護学校に進学させるかで迷った。
幼稚園の父兄さんたち(俺の親たち)は、みんな仲良かったので、一緒に普通学校へ行こうと説得した。
子供たちが面倒見てくれるので心配ない。私たち全員で支援するから普通学校に申請しましょうと。
でも、その両親は特別養護学校へ行かせた。

両親でさえ苦労しているのだから、周囲の子供たちは絶対に迷惑するし、犠牲にさせたくないこと。
専門的な施設や専門職員がいるから安心できること。
普通ではないという厳しい現実を早い段階から本人に自覚させた上で、
今後、同じ境遇を持つ友人を作るほうが将来プラスになるのではないか。
これから多感な時期を迎えるにあたり、自分1人が他の子と違う現実に直面した時、
心に壁を作る、あるいは、イジメを受ける可能性があること。
この多感な時期に、同じ境遇を持つ「生涯の親友」を持つことで、
今後、差別や偏見からの耐性を付け易いのではないか。
同じ境遇を持つ親の交流で、自分たちも得るものがある。

という明確な理由で、一軒一軒回ってお礼を述べながら、特別養護学校へ入学させた。
上記の事は、俺が大人になって両親から聞いたこと。
どうでもいいが、京都大学卒と九州大学卒の夫婦らしい。


161:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/27(月) 18:09:46.69 ID:bf9JZHp10
小学生の頃、同じクラスに知的障害を持った女の子がいた。
小学6年の時、担任の女性教諭がクラスの生徒全員を前にして

「○○さんは皆さんと同じ中学校に行った方が良いですか、
 それとも特別な学校に行った方が良いですか、どちらが○○さんの為になるでしょうか」

みたいな質問をし、どちらが望ましいか挙手を求めた。
クラスの生徒の殆どが、特別学校の方が有益だろうと挙手したのだが、
それを見た瞬間、担任の女性教諭は泣き出した。貴方たちは何て酷い人なんだと。
俺らは、俺らなりに精一杯、彼女の面倒を見てたし、友好な関係だった。
でも、小学生とはいえ、俺らなりに必死に最善の選択を考えたのだと思う。

女性教諭はクラスの生徒全員を一列に整列させ、思いっきりビンタを食らわせて行った。
女子生徒の大半が泣き出したが、○○さんが受けた心の痛みはこんなものじゃないと言って、
もう一度、全員にビンタを食らわせて行った。その後、延々と説教タイムがあって、生徒の殆どが嗚咽みたいな状態になった。
そして1人1人、知的障害の女の子に謝罪する事になった。結局、同じ中学校だった。

ほんとの実話。
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