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浜田省吾「アジアに償え」

2010.05.06(14:00)

10年振りくらいに浜田省吾のアルバムを聞いてみました。

「J BOY]というアルバム。

この中の「八月の歌」を聴いていて「あれ?」って思いました。

「あれ?」って思った歌詞はこんな感じ。

八月になるたびに
‘広島ーヒロシマ‘の名のもとに
平和を唱えるこの国
アジアに何を償ってきた
俺達が組み立てた車が
アジアのどこかの街角で
焼かれるニュースを見た


櫻井よしこさんじゃないけど「あなたのいうアジアってどこの国の事ですか?」

償うようなどんな事を、アジアのどの国に日本はしたの?

この人も自虐史観の持ち主なのか・・・なんて思ったらかなりガッカリ。

アジアってひとくくりにするけど、騒いでるのは韓国と中国だけ。
しかも償うような事はしていません。

日本にさんざんたかってお金を要求してくるような国に何を償うというのか。

このアルバムは1986年の発売ですが浜田省吾は今もこういう考えを持っているのでしょうか?



J.BOYJ.BOY
(1999/09/29)
浜田省吾

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コメント
通りがかりで失礼します。
この歌が世に送り出されて24年経ちますが、この部分の詞について、貴殿のような批判をする向きがだんだん多くなってきましたね…。
(先日も某動画サイトにて、この曲のライブ動画のコメント欄でそういった言い争いがくり広げられているのを見ました。愛国者を自称する投稿者がかなり激しい言葉でこの歌を批判しており、長年の浜田ファンの一人としてとても心が痛みました)
正直、貴殿のようなお考えをお持ちの方がウェブ上において主流となりつつある昨今の状況を見ながら、いつかこの歌が槍玉に挙げられる日が来るのではないか…と危惧していました。恐れていたことが現実となりつつある今、とても複雑な思いです。

現在の視点で見た時に「これちょっと…」と感じる部分は浜田氏に限らず、歴代のどんな優れた表現者の作品においても多かれ少なかれあるものでしょう。
しかし、ある作品について何かを論じる上においては、それを生み出した時代背景(今の視点でいかに異常であったとしても、当時はそれが普遍的な価値観として存在していた)や、またその作者の背景などを踏まえていないと、単に言葉の上っ面だけを捉えて感情的なバッシングの標的にするようなものとなりかねません。それは作品にとっても、その作者にとってもあまりに不憫なことではないでしょうか。
この歌が作られた1986年は、まだ周辺諸国に対しての「謝罪」が再三くり返されるような状況にはなっておらず(その2年前に昭和天皇が当時の韓国大統領に「遺憾」と言った程度でした)、世の「良心的」な日本人はむしろそのことに対して「このままでいいのか?」と批判的な視点を向けていたものです(それ自体が「反日教育」による洗脳の産物だと言ってしまえばそれまでですが、それが当時の世の空気でした。当時16歳の私もこの歌を初めて聴いた時は「そうだそうだ!!」と感じたものです)。その後、国による「謝罪」をくり返し求められるようになり、いわゆる「村山談話」が日本政府の公式見解となったのが1995年、それを背景に「自虐史観」が暴走を始めたのも、またそれに対する反感が高まっていったのもその頃からのことでした。
また、それ以前に浜田氏が広島出身の被爆二世であること、60~70年代の時代の空気の中で育ち学生運動にも(当時の若者のごく一般的なレベルで)少し関わっていたこと、また何より彼の思考の根底にはロックが持つ「反戦平和」(ジョン・レノンやボブ・ディランなどの歌に顕著な)の思想が強く横たわっていることを思えば、あまり「自虐史観」という後世の視点から捉えて叩くのはちょっと…と思います。
時代とともに価値観が変わる中で、かつての「名作」が許されざる作品として槍玉に挙げられ糾弾されていく(例えば映画の「駅馬車」をインディアン差別だと批判するような)のは、どうにも見ていて辛いものです。現在の視点で見て「なんだこれは!!」と感じる部分があったとしても、「ああ、こういう時代だったんだな」ぐらいに受け止め、また受け流すぐらいにしていただければ…と願います。
通りがかりの長文、失礼しました<(_ _)>
【2010/12/18 10:50】 | 路地裏の中年 #tK.XoFMs | [edit]
>>路地裏の中年くんへ
「そういう時代だった」では無責任すぎますね。
全共闘世代のお年寄りは、未だに赤軍のテロ活動を「時代の勢いなのだからか正しいのだ」とほざいています。そういった多数の殺人活動を正しいと言っている人たちと同じ言い訳はして欲しくないですね。
私はj-boy発売当時二十歳でした。八月の歌を聞き大きな違和感を覚え、彼の音楽にリアリティを感じられなくなり、彼の楽曲を買うのを止めました。

「はちがつーにーなるたびーにーひろしまのなのもとにへーわをーとなえーるー此の国亜細亜に何を償って来た」
「おれたーちがくみたてたーくるまーが亜細亜の何処かの街角で焼かれるニュースをみたー」
前者は明らかに害国プロパガンダだし、
後者は米国ジャパンバッシング活動を意図的に作り変えたデマです。
音楽を聞く情熱の何分の一かでも社会を知ろうとする情熱があれば、この曲が欺瞞に満ちたプロパガンダソングであることは見抜くことができます。もちろん作り手側にも言えます。
彼が思想を持って書いたか、取り巻きに騙されて書いたかは分かりませんが、彼はこの曲を、彼独特の情熱を持って歌い上げています。そういうことなのです。

当時も赤軍系のテロ活動は続いており、JR施設爆破で交通マヒなども起きていました。それらの事件すら社会を知ろうとする動機にならなかった事が不思議でなりません。
耳を塞いでいなければ理解できることを、理解できなかった方々が居たことを、とてもざんねんに思います。彼のこの楽曲は多方面に影響を与えてしまったようで、この曲をなぞって書かれた漫画も見たことがあります。

彼には「反骨」のイメージがありましたが、実は「左翼体制」に乗っかった「反体制」に過ぎない事が判明した一曲でした。ショボン。

>>管理人さんへ
乱文でサイトを汚してごめんなさい。つい、反応してしまいました。


【2011/02/02 18:01】 | たぶん同世代 #F/m716PQ | [edit]
こんにちは。
時代背景を無視しての批判には同意いたしかねます。
各々個人の成長や、その歩んできた歴史によって思想表現の方法も変わるのが当然です。


大切なのは今どうあるべきか?ではないかと思います。
【2012/08/29 11:34】 | スズミ #- | [edit]
浜田省吾ファンですが、歌手は時代背景を感じて歌うものでは?別の歌で、19のままさなんて今でもすきだし。歌手を責めるって良くわからない。時は移り変わって行くものだし。
【2012/12/18 20:07】 | tomtom_gogo #- | [edit]
浜田省吾は日本人になりすました在日韓国人です。
「通名・浜田省吾」なのです。

∴在日は祖国へ帰国させましょう。
【2017/01/15 13:40】 | #- | [edit]
アジアに償え?はぁー⁈⁈
ふざけるな!糞ジジイ!
逆に償ってほしいわ‼︎
【2017/01/22 04:10】 | 浜田省吾って左翼!? #- | [edit]
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